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リーマン・ショックのあの日、現場では何が起きていたのか?

世間がすっかりお盆休みモードの中、うちの会社は通常通りです。

もともと「個人が休みたいときに休みを取る」という休日設定なので、会社自体が休むことはないのですが、僕個人としては久しぶりに出張がない2週間なのですっかり夏休みモードです。仕事にも身が入りません。ダメですね。はい。

というわけで現実逃避。

アフィリエイトとは全く関係ない昔話を少し書こうと思います。

長くなるし昔の思い出話なので、興味なかったら離脱してください。

リーマン・ショックは突然起こった

リーマン・ショックってご存じですか?

金融関連に精通してない方でもキーワードと当時の世界経済の落ち込みっぷりは覚えているかと思います。

僕は、リーマン・ショックが起こった当時、東京の東陽町というところにいました。

某金融機関の債券評価という仕事をしていて、金融機関の頭のおかしい人達天才たちが考えた金融商品のリスク量や期間収益を計算して評価するシステムを開発していました。

わかりやすく言うと、例えば住宅ローン金融商品の一部で、住宅ローンをお客に貸し出したときに、金融機関がどのくらい得をしてどのくらい損をするのか?その確率はどのくらいか?を計算して数値化するシステムです。

※余談ですが、住宅ローンの評価は実はめちゃくちゃ難しいです。

僕は、債券取引が行われる「フロント」と呼ばれる最前線に張り付き、来る日も来る日も金融商品の評価をしていました。朝の取引開始から夜は日を過ぎるまで毎日現場にいて、天才たちからの罵詈雑言質疑に応答する毎日です。

債券市場のフロントは決してスマートなものではなく、怒号飛び交う激しい現場です。何百億というお金が一気に動くので神経もすり減らします。寿命も10年は縮んだと思います。

市場関係者も想定外だったリーマンの破綻

2008年9月15日、それは突然起こりました。

アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻です。

債券市場だけでなく、金融取引の現場はある程度「想定」で動きます。2007年頃から問題になっていたサブプライムローン問題も、ある程度想定内の動きでした。

緩やかに下降の一途をたどっていたのですが、その下降曲線も想定内の動きだったので、市場の現場に混乱はありませんでした。

ところが、リーマンの破綻は完全に想定外。誰もが救済されると思っていたからです。

さきほど、市場は「想定」で動くといいましたが、反面「想定外」の出来事にとても敏感でシビアです。弱いとも言えるでしょう。

市場から血液が無くなる

リーマンが破綻した直後、同社が発行している金融商品を保有している金融機関が、市場から一斉に資金を引き上げます。来るべき損失に備えるためです。

それに連鎖するように、あらゆる金融機関がコール市場から資金を引き上げます。

コール市場とは、1日とかの超短期間で金融機関同士がお金を貸し借りする市場です。

金融機関の資金の運用は、日々かなり激しく絶妙なタイミングで運用しています。コール市場で何百億という資金を時間単位でやり取りして資金繰りをしています。

よくコール市場は人間の血液の循環に例えられます。

毎日血液が滞ることなく流れるから、市場は正常に回り健康体を維持しています。

リーマン破綻直後は、その血液の流れが完全にストップしました。

資金のショートはその金融機関の破綻を意味するので、お互いが保身のため資金を保有するために、市場に資金が一切回らなくなります。

保身のための資金確保がお互いの首を締めて、結局全てが危機的状況に陥りました。

当時は事態を把握するのも困難な状況でしたから、コール市場関係者は死ぬ思いだったと思います。メンタル弱い僕ならやばかったでしょうね。

当時、事態が把握できない状況で、アメリカの連邦準備制度理事会FRB)がとった「訳がわからないから、とにかく市場にどんどん資金を供給する」という対策は正解だったと思います。FRBの対策がなければ世界経済はもっととんでもなく酷い状況になっていたでしょう。日本も例外ではありません。

金融不安が債券市場に波及

コール市場の危機的状況は、すぐに債券市場にも波及します。

有力銘柄が軒並みダウン。特に天才たちが作った訳のわからない金融商品は酷いものでした。

もちろん事前の債券評価でもそこまでの損失は弾き出せません。

毎日のように下落幅が増えるし、現場の空気はピリピリするし、債券の再評価・再評価で全く家に帰れないし、いやー、ホントにあのときは生きた心地がしませんでした。

僕が携わっていたのは日本の金融機関でしたけど、外資系はまさに阿鼻叫喚の地獄だったという話しです。あー、良かった。

人事粛清の嵐

損失は出しながらも各金融機関は何とか持ちこたえます。額面上、日本の金融機関は損失も少なかったし、大和生命保険が倒産したものの影響は軽微というのが一般的な認識です。

ですが、その裏で起こっていたのは人事粛清の嵐です。

金融の世界は「実力主義でスマート」に見られがちです。

実力主義に間違いはないのですが、それは「政治的に」ということを意味します。

金融の世界は完全に地位・肩書・政治力の世界。

上に上がりたい人は、常に他人の失敗を狙っているし、足の引っ張り合いも平気で起こる世界です。

リーマン・ショックのときも、ここぞとばかりに責任の擦り付け合いが始まります。

金融商品を購入した責任

金融商品を開発した責任

金融商品を評価した責任

・評価するベンダを雇った責任

当然、債券を評価していた僕たちにも責任の所在が追求されました。

当時の上司だった人がかなりできる人だったので、大分守られた部分はありますが、僕は当時の責任の擦り付け合いに愛想が尽き、半ば開き直って対応していたので、心折れることはありませんでした。

人間の欲望の醜さをまざまざと見せつけられて、気分は幽遊白書の仙水でしたね。

結局、僕たちと組んで仕事をしていた金融機関側のお偉いさんも責任対象となり、出世コースからは外れてしまいました。政治的な立ち振舞に負けてしまったんですね。

リーマン・ショックのその後

僕は密かに「落ち着いたら辞めよう」と決心していました。

日々の激務と金融危機からの政治争いにほとほと疲れてしまい、地元に帰ってゆっくり仕事がしたいと思っていたからです。

その思いは僕の上司と先輩も一緒でした。

そのときの上司が先日まで勤めていた会社の社長であり、先輩が専務です。

3人で東陽町の飲み屋で今後を語り合い、3人で会社を立ち上げることを決意しました。2009年の年初、寒さが残る冬のことです。