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闇金で多額の借金をした中小企業、その結末とは?

金融関連

お盆休みも残り1日。

特別休みは設定しなかったけど、お客先が動き出す明日からは完全就業モードです。

アフィリエイトの売り上げ的にはお盆が終わって欲しいけど、お仕事的にはお盆が終わってほしくない、そんな気分です。兼業あるあるぅ~

お休みモードで書き始めたブログなので、お休みが終わる前に最後にもうひとつ記事を書こうと思います。

「僕の考える会社論」みたいな真面目なことを書こうかな、とも思いましたが、僕の浅はかな見識が露呈してしまうので、また全然関係ない昔話しで締めようかと思います。

倒産は計画的に!

僕の母方の親戚(母の父親、兄)は、地元で建設関連の中小企業を経営していました。

僕が小学生の頃はバブル絶頂期。大変景気も良く、土建屋が本当に儲かっていた時代です。

僕が祖父・叔父の会社に遊びに行くと、小学生の僕に祖父は必ず1万円のお小遣いをくれたし、会社の恩恵を受けていろいろな食事や遊びに連れて行ってもらいました。

ところが、そんな好景気も長くは続きません。

バブル崩壊です。

景気の悪さは徐々に波及してくる

バブルが崩壊しても、即仕事がなくなるわけではありません。徐々に徐々に真綿で締められるように仕事が減っていきます。

地元の中小企業、社員30人程度。経営的に一番難しい規模の会社です。だんだんと苦しくなっていき、お金が回らなくなり、四方八方借金の手をつくしてもダメ。バブル崩壊から6年後、ついに倒産となります。僕が高校生の時です。

徐々に徐々に経営が悪化したのもダメージを大きくしました。倒産時に作った借金はなんと1億円以上。しかもタチの悪いことに、その半分以上が闇金融からの借金でした。

夜逃げって計画的にやるんですよ

夜逃げって経験したことありますか?

ほとんどの人が経験したことないと思います。経験する必要もありませんけどね。

会社経営がいよいよダメだ!となったときに、弁護士先生に相談します。破産処理のひと通りの作業・手続きを依頼するためです。

破産処理前の作業、破産処理後の作業・対応など、事細かに打合せします。そしてその打合せの重要なひとつに「夜逃げ」があります。

「何月何日に夜逃げをする」と決めて、文字通り夜中に逃げます。

夜逃げ屋というドラマがありましたが、あそこまで大物は運ばず、持っていける大事な物だけもって夜中に逃げます。

そして、自宅と事務所のドアには「以後の手続きは全て◯◯弁護士事務所まで」的な張り紙を一枚貼って、倒産する家族は点々バラバラ、親戚のもとに身を潜めます。僕の家には祖母が来ました。

夜逃げって思いつきでやるんじゃなくて、弁護士の指示で計画的にやるんですよ。

闇金融からの恫喝電話の嵐

さて、夜逃げをした次の日から何が起こるでしょうか?

※正式には破産が成立するのはもっと後なのですが、ここでは夜逃げ=倒産と記述します。

倒産初日

まず、倒産した会社に勤めていた社員から親戚の家に電話が来ます。前日まで普通に働いていたのに、ある日突然経営者である祖父や叔父、その家族に連絡がつかなくなるから当然ですよね。

社員は数ヶ月給料未払い。それでも危機を乗り越えられれば!と身を粉にして働いてきました。もうカンカン。激おこですよ。

「どういうことだ!」「行き先はわかっているんだろう!」と激おこの電話が絶えず僕の家にもきます。

ですが、「あ、いますよ、かわりましょうか?」なんて言えません。当然ですね。「知らない、わからない」の一点張りです。これも弁護士先生の指示です。

中には僕の家まで押しかけてくる社員もいました。給料未払いで頑張ってきた仕打ちがこれだから当然ですよね。それでも「知らない」の一点張り。そのとき祖母は押入れの奥に隠れていました。

倒産から数日後

倒産から数日後、情報を聞きつけた闇金関係者がまず狙うのは、倒産した家や会社に残る金目の物です。

倒産した家や会社に勝手に入り、金目になりそうな家財道具などを全部持っていきます。当然犯罪行為なのですが、そんなことが通用する人たちじゃないですよね。

そして同じくして始まるのが闇金業者からの恫喝電話の嵐です。

倒産した祖父の会社は、当時4つか5つくらいの闇金融から借金していました。しかも全部関西方面の闇金業者です。

闇金融と言ってもみんながみんな怖い人たちではありません。(中身は怖いかもしれませんけどね)最後まで誠実に対応してくれるところもありました。

でもそんなのはごく一部。

「どこにおるかわかってんのやろー!だせやー!」

「今から若いもん連れて乗り込むぞ!ゴルァ!」

「体売っても返すんがスジやろがぁ!」

などなど。中には

「子どもさらって稼いでもらうしかねーな」

と完全な脅迫内容まで。(関西弁間違ってたらゴメンナサイ)

毎日50回くらいはかかってきてたでしょうか。僕も電話に何度も出たけど、その手の人たちのドスの利いた脅しって、その場で身震いするほど怖いですよ。

電話、出なければいいじゃん、って思うかもしれませんが、電話には必ず出ます。それも弁護士の指示です。

電話に出て、すいません、知りません、わかりませんを繰り返す。

闇金業者も、貸出先が倒産して返済できないなんて日常茶飯事です。わざわざ関西から遠く群馬まで乗り込んでくることはほぼありません。「脅すだけ脅して少しでも返ってくるなら儲けもの」という考えで電話するだけです。

でも、電話に出ないと逆上させてしまうので、必ず電話には出ること。

これが弁護士からの指示でした。

今日は危ないから帰ってきちゃダメ

社員からの怒りの電話や闇金業者からの恫喝電話が1ヶ月くらい続いた頃でしょうか。

僕が高校で部活をしていると、担任の先生が僕の元へ来て「君の兄が来て何か話しがあるそうだ」と言って兄を連れてきました。当時はまだ携帯電話もなくポケベルの時代です。

兄は既に働いていたのですが、その兄が

「今日はアレ(闇金)が本当に来るかもしれないから、家に帰ってくるな」

と、ひと言告げて帰って行きました。

ちょwwwマジかーーーwww

いやー、このときは焦りましたね。

結局、部活の友だちの家に一晩お世話になりました。バイオハザードを明け方までやっていたのがいい思い出です。いや、良くはないか。

そのときは実際には来なかったみたいでしたが、その後、そんな騒ぎが3回ほどありました。

僕は連帯保証人には絶対なりません

その後、ある程度騒ぎが収束するまで1年くらいかかったでしょうか。

バラバラになった親戚家族も、田舎の借家に集まって生活を始めます。祖父の年金、叔父のアルバイトで生活を食いつなぐ毎日です。

僕の家はというと、表面的な騒ぎは落ち着きましたが、ある重大で根深い問題が残ります。

それが連帯保証人による借金の肩代わりです。

借金元の返済能力がなければ、当然連帯保証人になった人が払います。それが連帯保証人ですからね。

僕の父は、叔父の借金2,500万円の連帯保証人になっていました。闇金ではなく通常の金融機関です。月々約30万、20年の返済。当時の金利は10%を軽く超えていましたから、2,500万円でもそのくらいの返済額になります。

その時、僕の父の心境はどうだったのか?今でもわかりません。

父は「俺が連帯保証人にサインしたから仕方ない」とひと言だけ。

その後借金に対しての文句は一切言いません。母方の親戚が起こした問題だから、母を責めたり親戚を責めたりしても当然です。僕なら何かの拍子に責めてると思います。

でも父は、そのことで母や親戚を責めることは一切ありませんでした。

この時ほど父を尊敬したことはありません。そして今でも尊敬しています。

住宅ローンと連帯保証人のローン。父が自営業だから何とかやりくりできましたが、普通のサラリーマンなら完全アウトでしたね。

僕は大学進学を控えていたので、私立は当然ダメ。国立で確実に合格できるところを受験しました。浪人生もお金かかりますし。おすし。

僕はこの時の経験から「連帯保証人には絶対ならない」と固く心に誓っています。例え仲の良い親友でも兄弟でも絶対になりません。

その後・・・

親戚の会社倒産から約20年が経過しました。

その間、祖母と祖父が亡くなりました。特に祖母のときは倒産して数年後だったので、誰にも気づかれないように、田舎のお寺でひっそりとしたお葬式でした。とても優しい祖母だったので、僕が働くようになっていろんな所に連れてってやりたかったのですが、、、そのことだけが残念でなりません。

親戚の家族はというと、叔父の息子、僕のいとこ(年上)が地元で建設関連の会社を経営しています。親の轍を踏むまいと、かなり計画的な健全経営です。

僕の実家は、最近になりようやく連帯保証人の借金返済が終了しました。

20年間一切文句も言わず返し続けた父。そして負い目を感じながらも父を支えた母。この20年間、旅行などのイベントは全くありませんでした。

二人とも60歳を超えたおじいちゃん、おばあちゃんになりましたが、兄と僕が両親を連れて、地元の伊香保温泉でお疲れ様会を開いたのがつい先日のことです。